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政治より先に学びたい0→1に日本人を底上げする方程式

政治ど素人+ゆる保守+plactical patriotism

リベラルの解体新書

大正後期から昭和初期にかけて

日本は多様な変遷をすることになります。

この時期に現在の我が国で見られるほとんどが形成されます。

食事や服装、交通、レジャー、日用品、文学、スポーツ、ヘアスタイル等。

年表を載せた理由というのはこれを可視化するためです。

しかし同時にネガティブな要素も入り込むようになります。

大正バブル(1915-1919)と言われる時期には物価も上昇、

戦後恐慌(1920-)で慢性的な不況に陥り、関東大震災(1923)、世界恐慌(1929-)と続き

結局この後の戦争に影響することになります。

日本初のメーデー(1920)やストライキが多発した時代であることがわかります。

生活でも欧米化が著しく、女性の社会進出も進んだ頃であり

モダンガールという言葉が使われます。(海外のフラッパーも日本で知られた)

外国でもアムステルダムオリンピック(1928)で女性の参加が認められました。

プロレタリア文学もこの時期に多数の雑誌が出版され、

「大学は出たけれど」(1929)という映画では不況で職につけない若者が風刺されます。

この後に起こった世界大戦中には政府が規制や弾圧をしいたことが有名ですが

実際この時代はエログロナンセンスといわれるように風紀が乱れモラルが低下していたようです。

いわゆる夜の街のカフェータイガー(1924-)や賭博、風俗店(カフェでは女給と言われた

現在でいうホステス)が過激なサービスで取締りされたりしています。

世界恐慌が起きるとお子様ランチ(1930)が不況の時代でも子供には楽しい気持ちになってもらおう

という思いで開発されます。

欠食児童(1931)、東京水上尋常小学校(1930)はこうした流れにあり

身売りを防止する児童虐待防止法(1933)が公布されます。

しかし一方で庶民は近づく戦争を感じさせず今と同じく軽薄にその時々の

娯楽やおしゃれ、登山や野球を楽しんでさえいます。

フェミニズムでは新婦人協会(1921)が女性参政権を求め

治安警察法改正(1922)などをさせています。

全体としてみると左の思想に弱い社会という印象です。

経済不況→左寄り思想の流行とモラルの低下→政府の弱腰→戦時統制

のようなパターンも見られるので表と照らし合わせてみてください。

歴史と文化を通して保守が気付いていない

爆弾となる伏線を調べてみたいと考えています,,,
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